パンクレアチンとは
パンクレアチンは、豚の膵臓から抽出・精製した消化酵素の混合物です。主要な酵素として、以下の3種類が含まれています:
- リパーゼ(lipase): 脂質を脂肪酸とモノグリセリドに分解
- アミラーゼ(amylase): デンプンをマルトースなどの短鎖糖に分解
- プロテアーゼ(protease): タンパク質をペプチドやアミノ酸に分解
パンクレアチンは、**膵外分泌不全(EPI: Exocrine Pancreatic Insufficiency)**の治療において中心的な役割を果たします。EPIは、膵臓からの消化酵素分泌が不足し、脂肪便(steatorrhea)、栄養失調、体重減少を引き起こす状態です。嚢胞性線維症は、CFTR(嚢胞性線維症膜貫通コンダクタンス制御因子)タンパク質の機能不全により引き起こされる多臓器疾患であり、進行性肺機能低下と膵外分泌不全を特徴としています。PubMed
医療用医薬品としては、リパクレオン®(高力価パンクレリパーゼ)などが使用され、日局パンクレアチンと比較してリパーゼで約8倍、プロテアーゼで約7倍、アミラーゼで約6倍の酵素活性を持つ製剤も開発されています。
からだでの働きと科学的知見
パンクレアチンは、三大栄養素の消化・吸収促進、栄養状態の改善に関与します。
脂質の消化・吸収:
パンクレアチンに含まれるリパーゼは、食事中のトリグリセリドを脂肪酸とモノグリセリドに加水分解します。これにより、脂溶性ビタミン(A、D、E、K)および必須脂肪酸の吸収が促進されます。メタアナリシスでは、パンクレアチン補充療法により糞便中脂肪排泄量が有意に減少し、脂肪便の改善が確認されています。
タンパク質の消化・吸収:
パンクレアチンに含まれるプロテアーゼ(トリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼ等)は、タンパク質をペプチドおよびアミノ酸に分解します。NIH これにより、アミノ酸の吸収が促進され、筋肉量の維持、免疫機能の維持、酵素・ホルモンの合成に必要な栄養素が供給されます。
炭水化物の消化・吸収:
パンクレアチンに含まれるアミラーゼは、デンプンをマルトース、マルトトリオース、デキストリンなどの短鎖糖に分解します。これにより、小腸でのグルコース吸収が促進され、エネルギー供給が改善されます。
栄養状態の改善:
2023年の実世界調査では、膵外分泌不全患者111名を対象にパンクレアチン補充療法(PERT)の効果を評価しました。PMC しかし、72%の患者が酵素摂取量が不十分と感じており、42%が投与量調整中という課題が明らかになりました。適切な投与量(食事時30,000〜40,000 IUリパーゼ)での継続使用により、体重増加、栄養マーカーの改善(アルブミン、プレアルブミン)が期待されます。2025年の研究では、膵外分泌不全患者において高カロリー液体食を使用する場合でも、適切なパンクレアチン補充療法が栄養状態の改善に重要であることが示されています。PubMed
十二指腸・空腸での酵素活性化:
パンクレアチンは、腸溶性コーティングにより胃酸から保護され、十二指腸(pH 6〜7)で溶解します。NIH 十二指腸では、以下の反応が起こります:
- トリプシノーゲン → トリプシン: 腸管上皮細胞が分泌するエンテロキナーゼにより活性化
- キモトリプシノーゲン → キモトリプシン: トリプシンにより活性化
- リパーゼ: 胆汁酸・コリパーゼと複合体を形成し、脂質分解を促進
胆汁酸との相互作用:
リパーゼは、胆汁酸およびコリパーゼ(補助因子)と結合することで、脂肪滴の乳化および脂質分解を効率的に行います。胆汁酸は、脂質をミセル(微細な脂質粒子)に変換し、腸管上皮細胞での吸収を促進します。
栄養素の腸管吸収促進:
分解された栄養素は、以下の経路で吸収されます:
- 脂肪酸・モノグリセリド: 腸管上皮細胞に拡散吸収 → カイロミクロン形成 → リンパ管 → 血液
- アミノ酸・ペプチド: ペプチドトランスポーター(PepT1)やアミノ酸トランスポーターで吸収
- グルコース: SGLT1(ナトリウム・グルコース共輸送体)で吸収
摂り方とタイミング
パンクレアチンは食事開始時または食事中に摂取します。消化サポート目的では食事時5,000〜10,000 IU(リパーゼ)、膵外分泌不全の場合は医師の指導の下で食事時30,000〜40,000 IU(リパーゼ)が目安です。
摂取のコツ:
- 腸溶性コーティング製品の選択: 胃酸で分解されず、十二指腸で溶解する製品を選ぶことで、酵素活性が維持されます
- 食事と同時摂取: 酵素が食物と混ざることで、消化効率が最大化されます
- 段階的増量: 初めて使用する場合は、低用量から開始し、症状に応じて増量してください
栄養素どうしの関係と注意点
| 組み合わせ | 推奨度 | コメント |
|---|---|---|
| 胃酸抑制薬(PPI・制酸薬) | ○ | 十二指腸のpH上昇によりパンクレアチンの効果が増強される場合がある |
パンクレアチンは適切な用量であれば一般的に安全性が高いとされています。
報告されている軽微な副作用:
- 軽度の消化器症状(腹部膨満感、吐き気)
- 下痢または便秘(稀)
- 高尿酸血症(高用量時、稀)
膵外分泌不全の診断には便中エラスターゼ測定が使用されますが、測定方法や解釈には注意が必要です。PubMed
注意が必要なケース:
- 豚タンパク質アレルギー: パンクレアチンは豚由来のため、豚肉アレルギーの方は使用を避けてください
- 痛風・高尿酸血症: パンクレアチンには核酸(プリン体)が含まれる可能性があるため、痛風の方は医師に相談してください
- 妊娠・授乳中: 安全性データが限られているため、医師に相談してください
- 腸閉塞: 腸閉塞のリスクがある方は使用を避けてください。胃酸抑制薬との併用について、プロトンポンプ阻害薬(PPI)や制酸薬を使用している方は、十二指腸のpHが上昇し、パンクレアチンの効果が増強される場合があります。## 食品から摂るには
パンクレアチンは豚の膵臓から抽出された酵素混合物であり、食品としては直接摂取できません。以下の形態で利用されます:
- 腸溶性カプセル: 胃酸から保護され、十二指腸で溶解する製品(推奨)
- 錠剤: 酵素活性が標準化された製品(5,000〜40,000 IU リパーゼ)
- 医療用医薬品: リパクレオン®などの高力価製剤(医師の処方)
製品選択時は、腸溶性コーティングされた製品を選ぶことで、酵素活性が最大限に維持されます。ベジタリアン・ヴィーガンの方には、植物由来消化酵素(パパイン、ブロメライン、アスペルギルス由来酵素)が代替となります。
