アントシアニンとは
アントシアニン(anthocyanins)は、ポリフェノールの一種で、強力な抗酸化作用を持つフラボノイド化合物です。青紫色、赤紫色の植物色素として自然界に広く存在し、特にベリー類、紫色の野菜や果実に豊富に含まれています。
植物性食品の中でも、ビルベリー(Vaccinium myrtillus)は最も高濃度のアントシアニンを含むことで知られています。ビルベリーは北欧を中心とするヨーロッパの高地に自生する野生種のブルーベリーで、一般的な栽培種ブルーベリーと比較して約5倍のアントシアニンを含みます。ビルベリーには15種類以上のアントシアニンが含まれており、特に視覚に関与するロドプシン(rhodopsin、視紅)の再合成を助ける作用が報告されています。
第二次世界大戦中、イギリス空軍のパイロットがビルベリージャムを食べると夜間視力が向上するという逸話から、アントシアニンと視機能の関係が注目され、その後の科学的研究につながりました。現代では、VDT(Visual Display Terminal)作業による眼精疲労や、加齢に伴う視機能の維持を助ける成分として研究が進められています。
からだでの働きと科学的知見
眼精疲労の軽減を助ける
アントシアニンの最も広く知られた効果は、VDT作業(パソコンやスマートフォンなどの画面を見る作業)による眼精疲労の軽減を助ける可能性です。ビルベリーエキス(高濃度アントシアニン含有)の臨床研究では、以下の症状の改善が報告されています:
- 目の痛み・かすみの軽減: VDT作業による一時的な症状の改善
- 慢性的な眼精疲労の軽減: 長期摂取により慢性的な症状も改善する可能性
- 主観的な疲労感の軽減: 目の疲れやすさの軽減
研究では、アントシアニン換算で約36mg/日(ビルベリーエキス160mg/日相当)を4週間摂取することで一時的な眼精疲労症状が軽減し、約108mg/日(ビルベリーエキス480mg/日相当)を12週間摂取することで慢性的・急性的な両方の症状が軽減する可能性が示されています。PMC
毛様体筋機能の改善を助ける
2020年の臨床研究では、標準化されたビルベリーエキス(アントシアニン約57mg/日含有、240mg/日)を12週間摂取した際、毛様体筋(ciliary muscle)の収縮機能が客観的に改善されることが示されました。PubMed
毛様体筋は、眼のピント調節(調節機能)を担う筋肉で、この筋肉が水晶体の厚さを変えることで遠近のピント合わせを行います。VDT作業など近距離を長時間見続けることで毛様体筋が緊張し続け、調節機能の低下や眼精疲労につながります。
アントシアニンの摂取により、VDT作業後の毛様体筋の機能回復が促進される可能性が示されており、これは眼精疲労軽減のメカニズムの一つと考えられています。
ロドプシンの再合成を助ける
アントシアニンは、視覚に関与する光受容タンパク質「ロドプシン(rhodopsin、視紅)」の再合成を促進する作用が報告されています。PMC
ロドプシンは、網膜の視細胞(特に桿体細胞)に存在するタンパク質で、光を感知することで視覚情報を脳に伝える役割があります。ロドプシンは光にさらされると分解され、暗所で再合成されますが、この再合成プロセスをアントシアニンが助けることで、暗順応(暗い場所での視力の回復)や視覚機能の維持に関与すると考えられています。
ドライアイ症状の軽減を助ける
2017年の臨床研究では、標準化されたビルベリーエキス(Mirtoselect®、高濃度アントシアニン含有)がドライアイ(乾燥眼)患者の涙液分泌を改善することが示されました。PMC
ドライアイは、涙液の量や質の異常により目の表面が乾燥し、不快感や視機能の低下をもたらす疾患です。アントシアニンを含むビルベリーエキスの摂取により、シルマー試験(Schirmer's test、涙液分泌量の測定)の値が有意に改善し、涙液分泌の増加が確認されました。
この効果は、アントシアニンの抗酸化作用や血流改善作用により、涙腺の機能が改善された可能性が示唆されています。
抗酸化作用による網膜保護を助ける
アントシアニンは、強力な抗酸化作用を持ち、活性酸素による網膜細胞の酸化ストレスを軽減する可能性が報告されています。PMC
動物実験では、アントシアニンを含むビルベリーエキスが網膜神経細胞を酸化ストレスによる損傷から保護し、糖尿病性網膜症や加齢黄斑変性に関連する異常な血管新生を抑制することが示されています。ただし、ヒトでの視力回復効果については、現時点では十分なエビデンスがありません。
調節機能(ピント調節)の維持を助ける
6週間の研究では、アントシアニンサプリメント(ビルベリー由来)が、VDT作業による酸化ストレスに起因する調節機能(accommodation function)の低下を抑制することが示されました。PMC
調節機能は、遠くから近くへ、または近くから遠くへと視線を移した際に、素早くピントを合わせる能力です。加齢やVDT作業の増加により、この機能が低下すると、目の疲れや見えにくさにつながります。
摂り方とタイミング
アントシアニンのサプリメントでは、一般的に36~144mg/日程度が使用されています。ビルベリーエキス換算では160~480mg/日程度に相当します。臨床研究では以下の範囲で効果が確認されています:
- 眼精疲労軽減(短期): アントシアニン約36mg/日(ビルベリーエキス160mg相当)、4週間
- 眼精疲労軽減(長期): アントシアニン約108mg/日(ビルベリーエキス480mg相当)、12週間
- 毛様体筋機能改善: アントシアニン約57mg/日(ビルベリーエキス240mg相当)、12週間
効果の発現には通常4~12週間程度の継続摂取が必要とされています。また、VDT作業が多い方は、作業前または作業中に摂取することで効果が期待できる可能性があります。
食品から摂るには
アントシアニンは、青紫色、赤紫色の植物性食品に広く含まれています。
アントシアニンを豊富に含む食品
- ビルベリー: 最も高濃度(栽培種ブルーベリーの約5倍)
- ブルーベリー: 栽培種、アントシアニン含量はビルベリーの約1/5だが入手しやすい
- 黒豆: 黒い種皮にアントシアニンを含む
- 紫いも: 紫色の色素がアントシアニン
- ナス: 皮の紫色がアントシアニン
- 赤じそ: 赤紫色の色素がアントシアニン
- 黒米: 黒い色素がアントシアニン
- カシス: ブラックカラント、アントシアニン豊富
- アサイー: 濃い紫色の果実
- クランベリー: 赤色の色素
- いちご: 赤色の色素(アントシアニンとエラグ酸)
- さくらんぼ: 赤色の色素
サプリメントでの摂取
眼の健康維持を目的とする場合、臨床研究で効果が確認されているビルベリーエキスのサプリメント(標準化されたアントシアニン含有)を利用することが推奨されます。標準化製品では、アントシアニン含量が明記されているため、適切な量を摂取しやすくなります。
栄養素どうしの関係と注意点
アントシアニンは一般的に安全性の高い成分とされていますが、以下の点に注意が必要です。
抗凝固薬との相互作用
アントシアニンは、軽度の抗血小板作用を持つ可能性があります。ワルファリンなどの抗凝固薬を服用している方は、使用前に医療専門家に相談してください。
出血傾向・手術予定
出血傾向がある方や手術予定がある方は、使用前に医療専門家に相談してください。手術の1~2週間前からは摂取を中止することが推奨される場合があります。
糖尿病治療薬との相互作用
アントシアニンを含む食品(ビルベリーなど)は血糖値に影響を与える可能性が理論的に考えられます。糖尿病治療薬を服用している方は、医療専門家に相談の上で使用してください。
妊娠・授乳中
妊娠中や授乳中の安全性については、通常の食事からの摂取は問題ないとされていますが、高用量のサプリメント使用については十分なデータがありません。使用前に医療専門家に相談することが推奨されます。
アレルギー
ベリー類にアレルギーがある方は、アントシアニンを含むサプリメントでアレルギー反応が生じる可能性があります。使用前に成分を確認してください。
消化器症状
高用量摂取により、まれに消化器症状(吐き気、腹痛など)が報告されています。推奨量を守り、症状が現れた場合は摂取を中止してください。
視力回復効果の限界
重要な点として、アントシアニンは視力そのものを回復させる効果は現時点で確認されていません。アントシアニンは眼精疲労の軽減や視機能の維持を助ける成分であり、近視・遠視・乱視などの屈折異常や、既に進行した眼疾患を治療するものではありません。
視力に関する問題がある場合は、必ず眼科専門医の診察を受けることが重要です。
